ユダヤの「ゲウラ(自由解放)」「ヘルート(自由独立)」には、「シフルール・ミ・シアブッド・マルフヨット(他支配による抑圧隷属からの独立)」と「キブツ・ガルヨット(離散してユダヤ人のアイデンティティーから離れざるを得なくなっているユダヤ人たちをイスラエルに集結できるようにすること)」が大きな2本柱になっている。
その一本の柱、「キブツ・ガルヨット」。「世界中に離散したユダヤ人がイスラエルに集結すること」。ユダヤ人たちの歴史を見ると、「誰がユダヤ人か知る」という業、まさに神のみぞ知るというものだろう。またその「神のみぞ知る」が徐々に現実となって現れて来ているのを見て経験していると思える。
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イスラエルの民には4つのガルート(捕囚・ディアスポラ・流浪)があったと伝えられている。 「エジプトへのガルート」(ヤアコブと息子たち。Exodus 出エジプト記)、「アッシリアへのガルート」(アッシリアへの捕囚。失われた・離散した10支族)、「バベルへのガルート」(バビロン捕囚)、「ローマ・エドムによる追放での離散」(第二神殿が破壊され紀元70年に世界中に散らばった。ユダヤ人たちの世界離散ディアスポラ。イスラエル建国までの2000年)。
4つ目のガルートは世界中に離散して2000年もの間。さらに、その各地で迫害・支配・審問を続けられ、ゲットーに閉じ込められ、また、追放され続けて来た。
INQUISITION(スペインでの異端審問宗教裁判)、アヌスィーム(スペインやポルトガルでキリスト教徒になることを強いられたユダヤ人たち、イスラム王国でイスラム教徒になることを強いられたユダヤ人たち。家庭でひっそりユダヤの伝統を守り続けるなど。)、スペインからの追放、イスラム諸国からの追放、ドイツやロシアでのポグロム(ユダヤ人虐殺)、ショア(ホロコースト)。迫害を受け、異端審判を受け、殺害されたり、クリスチャンやムスリムになることを強いられたユダヤ人は数知れない。追放を受けユダヤ人のアイデンティティをひっそりと守りながら生きて来ている。西欧の啓蒙主義の間のユダヤ人たちやマルクスの思想が生まれたのもそういう背景が積み重なったものが生んだとも言える。
そういうユダヤの歴史を辿って来ると、イスラエルの建国によりゲウラが進んだ時点で、「公的な書類上に残っている」から「ユダヤ人と認められる」「ユダヤ人とは認められない」では救えないユダヤ人たちは多い。「誰がユダヤ人である」か決める人物たちは、その「神のみぞ知る」を握るわけである。
イスラエルは、まず世界中のユダヤ人に帰還権がある国としてスタート。多くをガルートからゲウラ(イスラエル国)へ吸収する必要がある。ナチスドイツがユダヤ人を3代で見ていたことから、その範疇は救い出す必要がある。そこで祖父母にユダヤ人がいればその孫たちまで3代に亘って帰還の権利に緩みをもたせた。ひとまずその範疇は、本人の意志と選択でイスラエルに救い出すことができる、という下地盤を作った。
このガルート(流浪)からイスラエルへ受け入れる過程は、建国後、またこの10年程でさらに進んで来た。ロシアからとエチオピアから多くの帰還者を受け入れ、インドや中国からの帰還者たちも受け入れて来た。今はその次のステップの吸収段階が進んでいる。
スタートラインとして、
”ユダヤ人”は、「ユダヤ人の母から生まれた者。または、ギユールを経た者。(双方ともに“他宗教徒ではない者たち”)」である。
鍵となるのが、「ギユール(願う側としては、”ユダヤ人になること”)(受け入れるユダヤ側としては、”ユダヤ人として認めること”)」。この判断をするのは、変化を伴いつつも、建国当初から現在に至るまで「ラバヌート・ラシート(中央ラビ審議会)」であり続けている。
The Law of Return - Knesett
"Jew" means a person who was born of a Jewish mother
or has becomeconverted to judaism
and who is not a member of another religion.
*この "converted to Judaism" の判断のことである。
" The right of a Jew under this Law and the rights of an an oleh under the Nationality Law, as well as the right of oleh under any other enactment, are also vested in a child and a grandchild of a Jew, the spouse of a Jew, the spouse of a child of a Jew and the spouse of a grandchild of a Jew, except for a person who has been a Jew and has voluntarily changed his religion.
ギユールを望む人々の中には、いくつかの背景がある。
1: ロシアやエチオピアから「帰還法」によってユダヤ人の親族としてユダヤ人帰還者と同様の権利をもってイスラエルに帰還した家族たち。彼らの中で、他の宗教信徒でなく、ユダヤ人になりたいと望みラバヌートの審議を受けて正式にユダヤ人として認められることを望む人たち。
2: (ユダヤ人と結婚して日本からイスラエルに移り住んでいる女性たちもここに入るとおもいます)ユダヤ・イスラエル人男性と結婚し、イスラエルで家庭を築いていくことを望む。他の宗教徒ではなく、ユダヤ人としてラバヌートで正式にユダヤ人として認められ、子供たちをユダヤ人として育てて行きたいと望む人たち。
3: 母が他宗教徒であり、ラバヌートで正式にユダヤ人としては認められていないが、イスラエルの学校で教育を受けて来ている。トーラーの勉強やユダヤ民族・イスラエルの歴史を学校で学んで来ている。ヨム・キプールやシャバットなどユダヤの伝統も自分なりに守っている。そういう背景で、女子は12才、男子は13才のユダヤの成人のとき以降、ラバヌートで正式にユダヤ人として認められることを望む人たち。学校で学ぶことや家庭で見て来たことの下地があり、大概の場合、また、強い他宗教の要素がなければ、難は少ない。
4: わたしもここに入る、ユダヤ・イスラエルに魅かれてイヴリットを学び、ユダヤ民族・イスラエルの歴史を学んで行くうちに、ユダヤ人になること、ラバヌートで正式に認められることを望む。世界各地から「魅せられた」男性女性たちが集って来ている。話していると、みな、生まれた国にいるときからユダヤへの道が繋がっていて、宗教や思想、いろんな変遷や経験を重ねた上で、イスラエルに移り住み、ユダヤ人になっている。ラバヌートでの経験、ギユールの過程、様々な経験も経て来ている。みな同様にそれぞれなりの意志を通した強さがあると感じる。それぞれに応じた試練を受けているという面で。それぞれの力量によりそれぞれに試される。「魅せられた」のは、「こうなることになっていた」こと、つまり、「キブツ・ガルヨット」なのだと感じるのである。
ラバヌート・ラシート(中央ラビ審議会)は、今でこそギユール部門を作ってあるが、私の頃は全部一緒に集っておりそれは厳しかった。(このことは別の機会に書き進めている)。もっと寛容さを示すように長く求められ続け「もっと門戸を開くべきだ」という不満はまだまだ強いが、わたしが見ている19年半の間では、1や2に入る人たちへの歩み寄りも大きく進んだとおもう。ラバヌート・ラシートは、オーソドックス(正統派)のラビたちの審議会で、実質審議を進めるのは、ハレディ(ウルトラ・オーソドックスという超正統派)のラビたちだったが、いろんな可能性のバリエーションができている。なんとか歩み寄りながら調整しながらキブツ・ガルヨットを進めて行けるのではないだろうか。
2に入る人たちの中で。ユダヤ・イスラエル人男性と結婚し、家庭を築いて行くために、ラバヌートでも正式にユダヤ人として認められたいと思ったが、断念した女性たちへ。敢えてラバヌートでユダヤ人と認められなくても、ユダヤの伝統も自分たちなりに守って行きたいという気持ちは自然だと思う。
他宗教徒でなければ、どんどん自分たちなりのユダヤ家庭を築いて行くとよいと思うよ。日本のオリジンとユダヤのオリジンを兼ね保つ子供たち。ユダヤの伝統を断ち切る必要は全くないのだし。子供たちが12・13才になったとき、それ以降、自分たちの意志でユダヤ人として正式に認められたいと思ったときに、家庭で見て来たこと体験して来たことが下地盤にあるとないとでは違う。「知っていること」「見たことがあること」「体験したこと」ほど強いものはない。現実ほど強いものはない。「知っている」「知った」から選べるのであり、「知らない」と選べない。そういった意味で、
「ハヌカの灯りを灯す」と
「ハヌカに食べる」を書いた。日本の正月飾りやおせち料理など、どういう風にすればいいのか、やっぱり嫁に出すときに伝えておきたい、というのと似たような母心的な心情から。ハヌキヤにボンと全部ろうそく突っ込んで全部一斉に灯したって全然構わないとも思うけどね
(笑)。やっぱり知ってると心強いでしょ。やるやらないは自分で選べるんだから。
わたしがつきあいのある人たちの中では、クリスチャンとユダヤ人の夫婦がいない。欧米では、クリスチャンの父がクリスマスツリーを飾る横で、ユダヤ人の母がハヌキヤに灯りを灯している、といったクリスチャンとユダヤ人の家庭も少なくないよう。
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あと、最後に付け加えておきたいこと。イスラエル外でユダヤ人になることを望んでいる人たちの中で、将来イスラエルに移り住むことを考えている人たちへ。イスラエルでギユールの過程を経るよう、出来る限りのことをやってみたほうがいい。イスラエルに移り住むのならギユールもイスラエルにしたほうがよいよ。ユダヤ人になれたとしても将来辛い思い(
公式に「認める認めない」など。ラバヌートが堅固な姿勢を続けるため、最高裁判所が「門戸を開くこと」を強いた判決を出したけれど、今度は内務省がオーソドックスでさえ受け入れないということが起きている。・・・いろんな不安定要素は依然続いているのでどうひっくり返るかは予想できるものではない。)をすることが出て来ることがあるから。遅かれ早かれイスラエルに移り住むつもりなら、なんとかどうにかしてイスラエルでギユールを経られるようにしたほうがいい。
イスラエル側の受け入れもそうだし、私自身、イスラエル以外でギユールをした人たちとのやりとりで感じることでもある。イスラエル外でギユールを経た人とのコンタクトで感じるのは、同じユダヤの話の中で話が進まなかったり話が通じないことやずれがあることがあり、どうしても、教える・受け入れる受け皿環境から、ポイントや集中度から、いろんな面での違いがあるのは否めない、ということ。どっちがいい悪い優れる劣るといった問題ではなく、「一緒に生きて行くためにユダヤ人になる」わけで、どのコミュニティーで生きるのかの違いがあれば、ギユールにもそういった面での違いがあっても理解できること。「ユダヤ人になる」というのは「ユダヤ人として生まれる」という意味もあり、どこで誰たちと共に生きて行くのかはすでにそこから始まるわけで、ギユール自体のこともユダヤ人になってからのことと同様にとても大切だと思う。