2012年2月12日日曜日

シュム・ヤロク( green garlic )




シュム・ヤロク( green garlic )がシューク(生鮮市場)に出始めた。今はあさつきの根っこがちょっと大きいくらい。これが段々成長してペサフ(春の祭り。あと2ヶ月くらい)の頃には根っこはニンニクに成長し上の緑ももっと成長し固めになる。これからが旬。



シュム・ヤロクのスープ

  •  シュム・ヤロクの白いところも緑のところも輪切りにする。
  • 鍋にオリーブオイルを入れて炒め蒸す。
  • 塩、こしょう、水(鶏スープか野菜スープ)を加え、沸騰したら中火で20分くらい煮る。
  • トマトのざく切りを入れて10分くらい。
  • 酢(かワインビネガー)を加え、ある香菜も加えて、できあがり。
*玉ねぎみじん切りやじゃがいもも一緒にバターで炒めて小麦粉を足してから水(スープ)を加えて煮てミキサーで滑らかにして牛乳や生クリームを加える、でも。


きのこ類とシュム・ヤロクのパスタ

  • 紫玉ねぎとにんにくのみじん切り、赤唐辛子をオリーブオイルで炒める。 
  • シュム・ヤロクを根も葉の部分もざく切りにして一緒に炒める。
  • きのこ類(今たくさんの種類が出てるよね)を加えて炒める。
  • パスタを茹でた湯を少し加えて塩こしょう。パスタと和える。


シュム・ヤロクのオムレツ

  •  紫玉ねぎのみじん切りを、オリーブオイルで炒める。
  • シュム・ヤロクを根も葉も輪切りにして一緒に炒める。塩こしょう。
  • ボールに玉子を溶き、炒めたものを混ぜる。
  • フライパンに油/バターをひき混ぜたものを流し込み焼く。お好み焼きのように両面焼いたり。オムレツの形に巻いて焼いたり。できあがり。

シュム・ヤロクの卵焼き

  • シュム・ヤロクを根も葉も輪切りにして一緒に炒める。塩こしょう砂糖少し。
  • 溶き卵を上からかけて、ざっと混ぜる。
  • お好み焼きのへらでひっくり返し裏も焼く。巻いてもいいけどこっちのほうが中がふわふわになるよ。
  • 大阪十三「やまもと」さんの「ねぎ焼き」を思い出すフワフワで美味しい〜♪


シュム・ヤロクのペースト

材料:シュム・ヤロク、クルミの実、パルメザンチーズ、オリーブオイル、塩、こしょう、水少し。



ぎょうざにすると美味しいので週末にでも作るか。レバニラ炒めとか。肉や魚と炒めて食べることが多い。たまごと炒飯とか。



2012年2月10日金曜日

ダマスカス危うき今尚、テヘラン・ヒズボラ・ハマスの”ライフライン健在”を誇示


טורקיה עשויה להעביר כ 300 מיליון דורל לחמאס - הארץ 28/1/2012

トルコがイスマイル・ハニヤ(ガザのハマス政権首相)に3億ドルの資金援助をすると発表したのが1月28日。アンカラは、ハマスへの援助を削減したテヘランに代わる意向を示していた。1月初旬にイスマイル・ハニヤがトルコを訪れたときに約束されたことであったということ。エルドアン首相は、ハマスとファタフの和解統合調停を支持しているという名目。イランからハマスへの資金援助は、年2.5億ドルー3億ドルであったが、それが届かずさらに削減を迫られているため、ハマス運営費用の資金援助嘆願に応えたかたち。ハレド・マシャル(現ハマス政治指導者)はシリアを去ることを最終決意しハマス本拠地をカタールかヨルダンに移設することを望んでいた。ヨルダンのアブダラ国王はヨルダン移設を考慮する意志はなく、ワシントンを訪れバラク米大統領と会談した際その意志を明確にしていた。

それからイランは、イスマイル・ハニヤ(ガザのハマス政権首相)のイラン訪問を呼びかけ続ける。イスマイル・ハニヤをハレド・マシャル(ハマス現指導者)の後継と見るかどうかは明らかにされていない。

ハマスという組織が、自組織の帰属をどう方向付けるか。「1:イランとは縁切りし“アラブの懐(エジプト、サウジアラビア、カタール、ヨルダン)”に戻る」。それとも、「2:イランと切れないまま各地との”結婚式”を祝して行く」。見物(みもの)なところだったが。




 7/2/2012 הארץ - מזכ''ל חיזבאללה חסן נסראללה : אם איראן תותקף היא לא תורה לנו להגיב


先週は、ヒズバラ(ヒズボラ)の議長ハッサン・ナスラッラが、「イランの原子力施設が攻撃されたときは、イランからの要請なくとも、北のレバノンからイスラエル を容赦なく攻撃する」と右手を振りかざしいつもの調子で叫んでいた。ヒズバラ(ヒズボラ)は2月初め、イランから資金と兵器の援助を受けていることを初めて公言。周知の事実。誰も構いもしない。


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 איראן: "אלוהים רוצה שהמשטר הציוני ייענש על מעשיו" nrg 11/2/2012
2月11日、イラン革命記念日。イスマイル・ハニヤ(ガザのハマス政権首相)は3日間の予定でイランを訪問している。


photo : nrg

קרבות בחמאס : א-זהאר נגד משעל והאחדות ynet 11/2/2012

ハマス幹部のひとりアフマッド・アズハル氏は、「ハマス運動頭首ハレド・マシャルへの反対声明」と「ハレド・マシャルが、カタールでパレスチナ自治政府アッバス議長と結んだ和解統合調停及びアッバス議長が統合政権の頭首になるという調停内容は、全く問題外の決定である旨」を表明。ハマス幹部内にはこの流れが強まって来ている。




いつもの、「内部統合できずズルズル引き延ばし」の繰り返し。パレスチナ国家建設はまた遠のいて行っている。

プロパガンダ、大袈裟に力を誇示するスピーチ、男の権力欲、男っぽさと裏腹の女々しい資金を求めた売春奴の裏工作に見える。烏合の衆に見える。


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エジプトのムバラク大統領は中東の重鎮だった。シャロン元首相、バラク元首相、ネタニヤフ現首相、みな、ムバラク大統領との会合にカイロへ向かっていたものだ。わたしも個人的に好きだった。最後まで国外逃亡せずに愛国者であったところも好きだ。民が苦しんでいるところ私腹を肥やしていたのが残念であり、民衆デモに砲撃していたのはムバラク大統領の指示だったかどうかはもう「昭和天皇はよい人だった」的なディスコース。エジプトの人々と話していても、革命勃発のときのあれほどまでの爆発に民の怒りが達しているということはわからなかった。旧体制・軍体制への強い退陣要求だったのだろう。

新方向は未だ不明。革命1年を迎えた今も、デモと暴動が続き、まだまだ安定しない。



ハゼレット(西洋わさび) (2)



ハゼレット(西洋わさび)(1)


ハゼレット。西洋わさび・わさび大根・ホースラディッシュ。

これ、結構普通に香菜のところに並んでいてしょうがより安かったりする、手頃な価格か&栄養効能優れ&おいしい根菜。もとは野菜というより薬草だったみたいですね。白い太ったごぼうみたいなやつ。なかなかの優れもの。ベサフ(春の祭り)前には若干値が上がりはするけど、ま、そこそこです。



 ホースラディッシュソース

牛肉、羊肉、鶏肉、ホードゥー(ターキー)、肉を野菜と煮こんだとき、ソースに。
  • 煮こんだ後。
  • 煮えた野菜をつぶしてざるで濾して、煮汁を足して煮詰める。
  • 最後にホースラディッシュをおろし金でおろして混ぜ、塩こしょう。
  • 水溶き小麦粉でとろみをつけてできあがり。 
  • わたしは無しだけど、生クリームやサワークリームを入れる人も。



ホースラディッシュのカクテルソース

  •  玉ねぎみじん切りをフライパンに油をひいていためる。
  • 皮をむいたオレンジ・レモンのスライスを玉ねぎと一緒に2分くらい炒める。
  • 昆布茶か昆布の粉を入れる。
  • ケチャップ、砂糖、しょうゆを加えて、弱火に煮る。
  • 10分くらいしたら、火からおろす。
  • 冷めたら、水分をへらなどでとって泡立て器でつぶし混ぜる。
  • 冷蔵庫で保存。
  • 食べるとき、おろし金ですったホースラディッシュをたっぷり入れて混ぜ合わせる。


BLOODY MARY
  • グラスにホースラディッシュのカクテルソースを大さじ1くらい入れる。
  • トマトジュースを注いでレモンを搾り、かき混ぜる。 
  • トマトジュースとして飲んでも美味しいですよね。
  • ウオッカ、ジン、テキーラ、好みのベースに足してカクテルに。
  • セロリ、にんじん、きゅうり、野菜スティックをさしたり。
  • グラスのふちに塩とレモン。


ホースラディッシュのクリームソース
  • フライパンにバターを溶かし小麦粉を入れる。
  • 弱火で、牛乳を少しずつ加えながら混ぜる。
  • 塩こしょう、昆布茶か昆布の粉、ホースラディッシュをおろし金でおろして入れる。
  • 蒸した野菜にかけたり、魚料理、パスタのクリームソースなどにも。




* おろし金ですりおろした後はじっこが残ったのは、かき揚げにしたり。

* おろしたてが美味しいけど、酢やオリーブオイルに漬けたり、マヨネーズと和えておいてもよいですよね。 パストラミ・サンドイッチにマヨネーズと和えたホースラディッシュソース。ゆでたまごにも合います。





根セロリのきんぴら




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アメリカやドイツではごぼうも手に入るのだそうですね。カイロも手に入りそう。イスラエルではごぼうがなく(テルアビブの市場に行くとあるかな。最近行ってないので新顔がわからないのよね)、ごぼうは是非欲しい野菜だなぁといつも思っています。NY の machiko さんの料理教室で根セロリのきんぴらを作っていらしたのを読ませてもらっていて、「おっ!きんぴらねー♪」、早速作ってみました。これいいですね。固めに炒めて水少し、唐辛子と醤油とブラウンシュガー少し。ワシワシ食べたくなる。スーパーのは固いのが多いので、やっぱりシューク(生鮮市場)に行ったときに、4−5個買って来よう。セロリの地上のほう、茎のきんぴらはふきのような感じもあってよく作ってます。


2012年2月9日木曜日

ピロシキ風&カレーパン風*中東


machiko さん、本当に料理お上手ですね。ロシア記もニューヨークに戻られてからも、続けて興味津々楽しみに読ませていただいてます。いつの日かニューヨークでmachiko さんの料理教室に参加させていただきたい。一般に募集はなしですか?料理教室のサイトなどは?口こみとかコネとかバクシーシ(賄賂)とか必要ですかね・・・(笑)。中東からゲンブツ持ち込みで飛び込みお願いしたいです。

ピロシキやカレーパンの中東版という感じで、これ、好きです。

ひよこ豆を一晩浸けて水から煮たもの(缶詰めのガルバンゾーでも)、たまねぎのみじん切りを炒めたものと混ぜ、塩、カレー粉とクミンちょっとで炒め煮したものを、生地で包んで揚げた揚げパンです。素朴で美味しいです。


בייגלה - הקהילה הקולינאלית של ישראל



左の。右はクーベ(セモリナ粉の生地)の揚げたの。




2012年1月30日月曜日

キブツ・ガルヨット(世界中に離散したユダヤ人のイスラエルでの集結)


ユダヤの「ゲウラ(自由解放)」「ヘルート(自由独立)」には、「シフルール・ミ・シアブッド・マルフヨット(他支配による抑圧隷属からの独立)」と「キブツ・ガルヨット(離散してユダヤ人のアイデンティティーから離れざるを得なくなっているユダヤ人たちをイスラエルに集結できるようにすること)」が大きな2本柱になっている。

その一本の柱、「キブツ・ガルヨット」。「世界中に離散したユダヤ人がイスラエルに集結すること」。ユダヤ人たちの歴史を見ると、「誰がユダヤ人か知る」という業、まさに神のみぞ知るというものだろう。またその「神のみぞ知る」が徐々に現実となって現れて来ているのを見て経験していると思える。

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イスラエルの民には4つのガルート(捕囚・ディアスポラ・流浪)があったと伝えられている。 「エジプトへのガルート」(ヤアコブと息子たち。Exodus 出エジプト記)、「アッシリアへのガルート」(アッシリアへの捕囚。失われた・離散した10支族)、「バベルへのガルート」(バビロン捕囚)、「ローマ・エドムによる追放での離散」(第二神殿が破壊され紀元70年に世界中に散らばった。ユダヤ人たちの世界離散ディアスポラ。イスラエル建国までの2000年)。

4つ目のガルートは世界中に離散して2000年もの間。さらに、その各地で迫害・支配・審問を続けられ、ゲットーに閉じ込められ、また、追放され続けて来た。INQUISITION(スペインでの異端審問宗教裁判)、アヌスィーム(スペインやポルトガルでキリスト教徒になることを強いられたユダヤ人たち、イスラム王国でイスラム教徒になることを強いられたユダヤ人たち。家庭でひっそりユダヤの伝統を守り続けるなど。)、スペインからの追放、イスラム諸国からの追放、ドイツやロシアでのポグロム(ユダヤ人虐殺)、ショア(ホロコースト)。迫害を受け、異端審判を受け、殺害されたり、クリスチャンやムスリムになることを強いられたユダヤ人は数知れない。追放を受けユダヤ人のアイデンティティをひっそりと守りながら生きて来ている。西欧の啓蒙主義の間のユダヤ人たちやマルクスの思想が生まれたのもそういう背景が積み重なったものが生んだとも言える。

そういうユダヤの歴史を辿って来ると、イスラエルの建国によりゲウラが進んだ時点で、「公的な書類上に残っている」から「ユダヤ人と認められる」「ユダヤ人とは認められない」では救えないユダヤ人たちは多い。「誰がユダヤ人である」か決める人物たちは、その「神のみぞ知る」を握るわけである。

イスラエルは、まず世界中のユダヤ人に帰還権がある国としてスタート。多くをガルートからゲウラ(イスラエル国)へ吸収する必要がある。ナチスドイツがユダヤ人を3代で見ていたことから、その範疇は救い出す必要がある。そこで祖父母にユダヤ人がいればその孫たちまで3代に亘って帰還の権利に緩みをもたせた。ひとまずその範疇は、本人の意志と選択でイスラエルに救い出すことができる、という下地盤を作った。

このガルート(流浪)からイスラエルへ受け入れる過程は、建国後、またこの10年程でさらに進んで来た。ロシアからとエチオピアから多くの帰還者を受け入れ、インドや中国からの帰還者たちも受け入れて来た。今はその次のステップの吸収段階が進んでいる。

スタートラインとして、”ユダヤ人”は、「ユダヤ人の母から生まれた者。または、ギユールを経た者。(双方ともに“他宗教徒ではない者たち”)」である。

鍵となるのが、「ギユール(願う側としては、”ユダヤ人になること”)(受け入れるユダヤ側としては、”ユダヤ人として認めること”)」。この判断をするのは、変化を伴いつつも、建国当初から現在に至るまで「ラバヌート・ラシート(中央ラビ審議会)」であり続けている。


The Law of Return - Knesett

"Jew" means a person who was born of a Jewish mother 
or has becomeconverted to judaism
and who is not a member of another religion.

*この "converted to Judaism" の判断のことである。

" The right of a Jew under this Law and the rights of an  an oleh under the Nationality Law, as well as the right of oleh under any other enactment, are also vested in a child and a grandchild of a Jew, the spouse of a Jew, the spouse of a child of a Jew and the spouse of a grandchild of a Jew, except for a person who has been a Jew and has voluntarily changed his religion.


ギユールを望む人々の中には、いくつかの背景がある。

1: ロシアやエチオピアから「帰還法」によってユダヤ人の親族としてユダヤ人帰還者と同様の権利をもってイスラエルに帰還した家族たち。彼らの中で、他の宗教信徒でなく、ユダヤ人になりたいと望みラバヌートの審議を受けて正式にユダヤ人として認められることを望む人たち。

2: (ユダヤ人と結婚して日本からイスラエルに移り住んでいる女性たちもここに入るとおもいます)ユダヤ・イスラエル人男性と結婚し、イスラエルで家庭を築いていくことを望む。他の宗教徒ではなく、ユダヤ人としてラバヌートで正式にユダヤ人として認められ、子供たちをユダヤ人として育てて行きたいと望む人たち。

3: 母が他宗教徒であり、ラバヌートで正式にユダヤ人としては認められていないが、イスラエルの学校で教育を受けて来ている。トーラーの勉強やユダヤ民族・イスラエルの歴史を学校で学んで来ている。ヨム・キプールやシャバットなどユダヤの伝統も自分なりに守っている。そういう背景で、女子は12才、男子は13才のユダヤの成人のとき以降、ラバヌートで正式にユダヤ人として認められることを望む人たち。学校で学ぶことや家庭で見て来たことの下地があり、大概の場合、また、強い他宗教の要素がなければ、難は少ない。


 4: わたしもここに入る、ユダヤ・イスラエルに魅かれてイヴリットを学び、ユダヤ民族・イスラエルの歴史を学んで行くうちに、ユダヤ人になること、ラバヌートで正式に認められることを望む。世界各地から「魅せられた」男性女性たちが集って来ている。話していると、みな、生まれた国にいるときからユダヤへの道が繋がっていて、宗教や思想、いろんな変遷や経験を重ねた上で、イスラエルに移り住み、ユダヤ人になっている。ラバヌートでの経験、ギユールの過程、様々な経験も経て来ている。みな同様にそれぞれなりの意志を通した強さがあると感じる。それぞれに応じた試練を受けているという面で。それぞれの力量によりそれぞれに試される。「魅せられた」のは、「こうなることになっていた」こと、つまり、「キブツ・ガルヨット」なのだと感じるのである。



ラバヌート・ラシート(中央ラビ審議会)は、今でこそギユール部門を作ってあるが、私の頃は全部一緒に集っておりそれは厳しかった。(このことは別の機会に書き進めている)。もっと寛容さを示すように長く求められ続け「もっと門戸を開くべきだ」という不満はまだまだ強いが、わたしが見ている19年半の間では、1や2に入る人たちへの歩み寄りも大きく進んだとおもう。ラバヌート・ラシートは、オーソドックス(正統派)のラビたちの審議会で、実質審議を進めるのは、ハレディ(ウルトラ・オーソドックスという超正統派)のラビたちだったが、いろんな可能性のバリエーションができている。なんとか歩み寄りながら調整しながらキブツ・ガルヨットを進めて行けるのではないだろうか。


2に入る人たちの中で。ユダヤ・イスラエル人男性と結婚し、家庭を築いて行くために、ラバヌートでも正式にユダヤ人として認められたいと思ったが、断念した女性たちへ。敢えてラバヌートでユダヤ人と認められなくても、ユダヤの伝統も自分たちなりに守って行きたいという気持ちは自然だと思う。他宗教徒でなければ、どんどん自分たちなりのユダヤ家庭を築いて行くとよいと思うよ。日本のオリジンとユダヤのオリジンを兼ね保つ子供たち。ユダヤの伝統を断ち切る必要は全くないのだし。子供たちが12・13才になったとき、それ以降、自分たちの意志でユダヤ人として正式に認められたいと思ったときに、家庭で見て来たこと体験して来たことが下地盤にあるとないとでは違う。「知っていること」「見たことがあること」「体験したこと」ほど強いものはない。現実ほど強いものはない。「知っている」「知った」から選べるのであり、「知らない」と選べない。そういった意味で、「ハヌカの灯りを灯す」「ハヌカに食べる」を書いた。日本の正月飾りやおせち料理など、どういう風にすればいいのか、やっぱり嫁に出すときに伝えておきたい、というのと似たような母心的な心情から。ハヌキヤにボンと全部ろうそく突っ込んで全部一斉に灯したって全然構わないとも思うけどね(笑)。やっぱり知ってると心強いでしょ。やるやらないは自分で選べるんだから。


わたしがつきあいのある人たちの中では、クリスチャンとユダヤ人の夫婦がいない。欧米では、クリスチャンの父がクリスマスツリーを飾る横で、ユダヤ人の母がハヌキヤに灯りを灯している、といったクリスチャンとユダヤ人の家庭も少なくないよう。


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あと、最後に付け加えておきたいこと。イスラエル外でユダヤ人になることを望んでいる人たちの中で、将来イスラエルに移り住むことを考えている人たちへ。イスラエルでギユールの過程を経るよう、出来る限りのことをやってみたほうがいい。イスラエルに移り住むのならギユールもイスラエルにしたほうがよいよ。ユダヤ人になれたとしても将来辛い思い(公式に「認める認めない」など。ラバヌートが堅固な姿勢を続けるため、最高裁判所が「門戸を開くこと」を強いた判決を出したけれど、今度は内務省がオーソドックスでさえ受け入れないということが起きている。・・・いろんな不安定要素は依然続いているのでどうひっくり返るかは予想できるものではない。)をすることが出て来ることがあるから。遅かれ早かれイスラエルに移り住むつもりなら、なんとかどうにかしてイスラエルでギユールを経られるようにしたほうがいい。

イスラエル側の受け入れもそうだし、私自身、イスラエル以外でギユールをした人たちとのやりとりで感じることでもある。イスラエル外でギユールを経た人とのコンタクトで感じるのは、同じユダヤの話の中で話が進まなかったり話が通じないことやずれがあることがあり、どうしても、教える・受け入れる受け皿環境から、ポイントや集中度から、いろんな面での違いがあるのは否めない、ということ。どっちがいい悪い優れる劣るといった問題ではなく、「一緒に生きて行くためにユダヤ人になる」わけで、どのコミュニティーで生きるのかの違いがあれば、ギユールにもそういった面での違いがあっても理解できること。「ユダヤ人になる」というのは「ユダヤ人として生まれる」という意味もあり、どこで誰たちと共に生きて行くのかはすでにそこから始まるわけで、ギユール自体のこともユダヤ人になってからのことと同様にとても大切だと思う。






2012年1月29日日曜日

パラシャット・シャブア


「パラシャット・シャブア」

トーラー(ユダヤ聖書)を、毎週の箇所に分け、一年でひと回り読み上げます。シャバットに、ベイト・クネセット(シナゴーグ)で読み、家庭でも皆で話しながら毎週学びます。


3週間前に「ベレシート( Genesis、創世記)」を終えました。
「シュモット( Exodus、出エジプト記)」の3つ目のパラシャ、「 ボ ( Come) (Come up. Enter) 」を、昨日のシャバットに読んだところです。

「ベレシート( Genesis、創世記)」では、天地創造、人( アダムとハヴァ)の創造、アボット(アブラハム・イツハク・ヤアコブ。父祖たち)、アルバア・イマホット(サラ・リフカ・レア・ラヘル。4人の母たち)、アブラハムとサラ、イツハクとリフカ、ヤアコブとレア・ラヘル、の話で、ヤアコブが溺愛したラヘルとの息子ヨセフがエジプトに流浪することになり。後に、ヨセフの兄たち・父ヤアコブもエジプトへ流浪することになり。エレツ・イスラエルに戻ることなくみなエジプトで生涯を終えるまでの話です。

「シュモット( Exodus、出エジプト記 )は、ブネー・イスラエル(イスラエルの子孫たち)が、「ガルート(流浪)」から、アム・イスラエル(イスラエルの民)として「ゲウラ(自由解放)」「ヘルート(自由独立)」へ向かう過程の話。


ユダヤのトーラーの学び方は、独学でなく、みなで話し合いやりとりし議論して行くという方法です。タナフ(ユダヤ聖書。 Written Torah )を読みながら、そこからミドラシーム・アガドット・ミシュナ・グマラ(ユダヤ賢者たちの理解・読み込み・思考・議論。Oral Torah )の数々、Esoteric Torahもが織り込まれ複合体構造になり、それを話し合いながら生動態として学んで行きます。各人の考えを聞いて行くと、その複合体構造・生動態の中にその人の考えが現れるので、何をどう学んでいるのか、どういう考えをしている人なのか、わかってくるという興味深さがあります。まさに、トーラーとはユダヤ人たちの中で生きている、生きて行く教え。アブラハムら父祖の時代から、ユダヤ賢者たちから、現代までの総出で対話がされて行く。複合体の高度複雑さが永遠へ繋がるということだとおもいます。また、子供から単構造思考をする人から、それぞれの力量によって、それぞれにアクセスできる、というのがトーラーだとおもいます。


* Prof. Nehama Leibowitz 先生のサイト(英語・イヴリット)。

Iyunim - Prof. Nehama Leibowitz, zt''l

גיליונות פרופ' נחמה ליבוביץ זצ''ל


* スヌニートの子供向けサイト(やさしいイヴリットで)。とてもよいです。

פרשת השבוע-תל''י תוכנית ללמודי יהדות, גלים מבית סנונית



* どの週・シャバットにどの箇所を読んでいるのかわかります。「自分で読み進めたい」「イスラエルや世界のユダヤ人たちが毎週毎シャバットに読んでいるのと一緒に読み進めたい」という方へ。

Torah Readings-Hebcal Jewish Calendar




2012年1月27日金曜日

International Holocaust Remembrance Day - 国連


1月27日は、国連が定めた International Holocaust Remembrance Day である。1945年1月27日は、ナチス・ドイツがユダヤ人を虐殺するために設けた死の収容所の中のひとつで最大規模の殺害施設(収容施設、ガス室、人体実験”クリニック”)、アウシュビッツ・ビルケナウ死の収容所が解放された日である。それから60年目の2005年国連総会でこの日を国際的にショア(ホロコースト)を追考する日とした。第二次大戦中、アメリカに住む「アメリカの敵国日本のオリジンをもつ日系アメリカ人・日本人移民」が、アメリカ各地の強制収容所に入れられたこととは違う。ショア(ホロコースト)は、ユダヤ民族であるという理由のみでユダヤ民族の根絶を目的とした民族虐殺である。


国連が定めたこの日は、ショア(ホロコースト)の事実の否定や、ショアを義務教育で教えないこと、宗教的不寛容、などの危険性に対する注意警告を喚起し続けるという意味をもつ。



he.wiki.Final Solution: In a February 26, 1942, letter to German diplomat Martin Luther, Reinhard Heydrich follows up on the Wannsee Conference by asking Luther for administrative assistance in the implementation of the "Endlösung der Judenfrage" ( Final Solution to the Jewish Question ).


「Die Endlösung der Judenfrage ( The Final Solution of the Jewish Question )」。「ファイナル・ソリューション」。

 これは、ナチス・ドイツが、ヨーロッパのユダヤ人を組織的に大量虐殺することを決めた「ユダヤ人問題の最終解決決議」のことである。1942年1月20日、ベルリンのヴァンゼー湖畔にある別荘にナチス高官が集り決定した「ユダヤ民族根絶計画」である。「ヨーロッパのユダヤ人の存在自体と存在意義を抹消抹殺根絶すること」が目的である。

PROTOCOL OF THE WANNSEE CONFERENCE - JANUARY 20TH, 1942

Haus der Wannsee - Konferenz

(Haus der Wannsee - Konferenz サイトより引用) 
「本記念館は、1915年に企業家の別荘として建てられ、1941年から1945年にかけてナチス親衛隊(SS)および国家社会主義労働者党(NSDAP)のゲストハウスならびに会議場として使用されていました。1942120日、ここにSSNSDAP、各省庁を代表する高官15名が会同し、ヨーロッパ・ユダヤ人の移送・殺害計画における協力体制について協議しました。
ナチス親衛隊(SS)の代表者が出席した次官たちに、19418月からすでにソ連で実行されていた特別行動部隊(Einsatzgruppen)による殺戮作戦、およびすでに実用化されていた殺害方法について報告を行いました。
今日「ヴァンゼー会議」と呼ばれるこの会議の議長は、国家保安本部(RSHA)長官であったラインハルト・ハイドリヒ(Reinhard Heydrich)で、 1947年に外務省文書の中から発見された議事録は、ハイドリヒ(Heydrich)による移送作戦の専門家であったアドルフ・アイヒマン(Adolf Eichmann)によって作成されました。 議事録には、ヨーロッパ・ユダヤ人殺戮計画と、ドイツ国家行政の集団虐殺への積極的な関与が驚くほど克明に記録されています。」


An aerial reconnaissance photograph ot the Auschwitz concentration camp showing the Auschwits I camp. National Archives, College Park,MD, courtesy of USHMM Photo Archieves. Taken April 4, 1944, Auschwits, Poland.

この写真は、1944年4月4日、ポーランドのアウシュビッツ上空から撮った航空写真です。



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日本語発信ではどのような発信がされているのか、タイトルだけ拾ってみた。「国連、ホロコースト、デー、 2012」で検索。

「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」
 「アウシュビッツ解放65年 追悼式典ー恒久平和のために」
 など。

「選民イスラエルはその名誉を守れ」
・・・というものもありました。 なにかユダヤ民族に対する不満・憤りがあるようですね。まさにこの日にこのタイトルということは、虐殺されたことはユダヤ民族にも責任があった、”支払い”が足りない、ということを言いたいのでしょう。


イランのアフマディネジャード大統領のようにショアは無かったと全面否定論を主張する人々もいる。また、西欧キリスト教社会には、ショアでユダヤ人はイエス殺害の罪の支払いをしたのだという考えと心情をもつ人々も少なくない。“当然のことだったのだ” と心の中では思っている。また、ガザのハマスは子供たちにショアを教えない。パレスチナ人の中には、そういうショア否定を悪しきこととして子供たちにショアを教えショアに関するものを集めた館を開く人もいる。